大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和30年(う)212号 判決 1955年10月31日

控訴人 原審弁護人 高木右門 外二名

被告人 石原金将

検察官 小出文彦

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人高木右門、同馬場正夫、同宮原守男共同提出の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを、ここに引用する。

よつて考察するのに、条約は、憲法第九十八条第二項によりその誠実な遵守が必要とされ、国内法的な拘束力を持つものであると解すべきところ、これが拘束力を有するがためには、これが締結につき、その事前又は事後における国会の承認を経ることを要すべきは、憲法第七十三条第三号の規定に照らし、今更贅言を要しない。なるほど、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(以下単に「安保条約」と称する)第三条に基く行政協定(以下単に「行政協定」と称する)は、その内容において、国民の権義に関係ある重要な事項を含み、単なる安保条約実施のための技術的ないしは事務的な細目のみを規定したものというを得ないから、これが締結には国会の事前又は事後における承認を要すべく、単なる外交関係の処理に属する事項として、内閣かぎりで処理し得る筋合のものではないというべきではあるが、右安保条約第三条によれば、「アメリカ合衆国の軍隊の日本国内及びその附近における配備を規律する条件は、両政府間の行政協定で決定する」とあつて、明らかに政府かぎりでその配備条件に関する協定を結び得る趣旨の事が合意されており、而も、国会は、このような内容を持つた安保条約を承認したのであつて、これが承認は日米両政府かぎりの行政協定が条約としての効力を有すべきことを包括的に承認したものといわざるを得ない。而して、条約は、国と国との間の意思の合致あるところに存し、その性質において、一般通常の国内法令とは著しくその趣を異にし、時の情勢として一国のみの意思では如何とも為し難い場合もあつて、通常の国内法令におけるいわゆる白紙の委任立法に対する考方だけではたやすく断じ難いものがあり、機動的な外交における実際的な処理として右のような包括的承認もこれを有効と認むるを相当とすべく、従つて、かかる承認があつた以上、その前文でも謳つているように、国際協調主義を一つの根本基調としている憲法全体の精神にも鑑み安保条約第三条に基き結ばれた行政協定は本来の条約として誠実にこれを遵守しなければならないものといわざるを得ない。従つて、行政協定第二十条第一項(a)には、

ドルをもつて表示される合衆国軍票は、合衆国によつて認められた者が、合衆国軍隊の使用する施設及び区域内における内部の取引のため使用することができる。合衆国政府は、認められた者が、合衆国の規則により認められる場合を除く外軍票を用いる取引に従事することを禁止するため適当な措置を執るものとする。日本国政府は、認められない者に対し軍票を使用する取引に従事することを禁止するため必要な措置を執るものとする云々

の定めがあるのであるから、日本国としては、これが取極めに基き、右にいわゆる認められない者に対し軍票を使用する取引に従事することを禁止するため実効ある具体的な措置として法律ないしはこれに基く政令の制定公布のあるべきは洵に当然とするところである。果して然らば、昭和二十七年四月二十八日政令第百二十七号(以下単に政令第百二十七号と称する)第一条に、

この政令は、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定を実施するため、外国為替管理令(昭和二十五年政令第二百三号)その他の外国為替及び外国貿易管理法に基く命令の特例を設けることを目的とする。

とあるは、同政令が行政協定における右取極めの誠実な遵守として外国為替及び外国貿易管理法(以下単に管理法と称する)に基き、すでに同法によつて制定公布されている政令ないしは命令に対する特例を設けるものであるというに在るものと解せられるから、その事自体毫も憲法に違背するものがあるということはできないし、また、同法は、その第六条第一項において「支払手段とは、銀行券、政府紙幣、小額紙幣、硬貨、小切手、為替手形、郵便為替、信用状その他の支払指図をいう」とし、「対外支払手段とは、外国通貨その他通貨の単位のいかんにかかわらず、外国通貨をもつて表示され、又は外国において支払手段として使用することのできる支払手段をいう」と定義した上、その第二十一条において、

本邦内にある対外支払手段又は本邦内にある貴金属は、これを居住者たると非居住者たるとを問わず本邦にある者は、政令で定めるところにより、特定の場所に若しくは特定の方式により保管若しくは登録し、又は外国為替資金特別会計、日本銀行、外国為替銀行その他の者に公定価格(公定価格が無いときは、時価)を参しやくして大蔵大臣が定める価格で本邦通貨を対価として売却する義務の課せられることのある

べきことを規定しているのであるから、政令第百二十七号が、その第二条第十号において、「軍票とは、合衆国政府が発行し、且つ、合衆国通貨をもつて表示される対外支払手段たる軍票をいう」と定義していることに徴するときは、その第四条において、

所定の者(同条にいわゆる合衆国軍隊等)以外の者は、その収受した、又は所持する軍票を大蔵省令で定める手続により遅滞なく、日本銀行に寄託しなければならない。

日本銀行は、右規定により寄託を受けた軍票を、大蔵大臣の定める手続により処理するものとする。

とあるは、正に右管理法の実施事項を内容とするものであつて、これが規定をもつて、所論にいうような授権法なき違憲無効の規定であるということはできない。従つて、管理法が、その第二十一条に違背するにおいては同法第七十条によつてこれを処罰するものとしている以上、右政令第四条所定の者が、その収受した、又は所持する軍票を、同条に従がい昭和二十七年大蔵省令第四十八号が定めている寄託手続により、日本銀行に寄託せざるの所為あるにおいては、右管理法第七十条による処罰を免かれないことは自明の理と言わなければならない。

而して、管理法が、右第二十一条を設けたのは、その第一条の規定によつても判るように、通貨の安定等国民経済の復興と発展とを期するに出でたものであると共に、政令第百二十七号第四条の規定は、管理法第二十一条の規定を通じ、その文理の上から言つても、犯罪に関係のないものまでも何等正当な補償もなく、その所有を禁じ又は剥奪するという趣旨の規定であるとは到底考え得られないところでもあるから、右政令第四条の軍票の寄託につき、今日まで未だ同条第三項による処理に関する何等の命令指示がないからというだけでは、軍票による取引の国内通貨の安定に影響を及ぼすべきことの明らかなるに鑑み憲法第二十九条第一項の財産権不可侵の規定にかかわらず、同条第二項及び第三項の規定の精神に照らし、軍票の所有権に対する制約を規定する右管理法令の規定は、その内容においても毫も違憲無効なものがあるということはできないし、ましてや政令第百二十七号第四条における軍票寄託の規定が、授権法たる管理法第一条の目的を逸脱した無効の規定であるということもできない。

所論において、本件軍票は、管理法の本来予定していなかつたところであつて、同法にいわゆる対外支払手段に該らないと主張し、つまりは、政令第百二十七号は、内閣法第十一条に違反する無効なものであるとして、縷々その所以を叙説しているが、政令第百二十七号第四条の規定が授権法なき政令規定でないことは、すでに前段において説明したとおりであるから、同政令規定が、内閣法第十一条に違背するものでないことは自づから明白であるばかりでなく、本件軍票が、ドル表示のアメリカ合衆国政府の発行にかかる紙幣たることは、一見まことに明瞭であるから、それが、管理法にいわゆる対外支払手段に該当することは、管理法自体でかかる軍票を特にその規制の対象から排除する旨の規定を置いていない以上、前示管理法令一連の規定に照らし、自づから明らかであり、本件の如き軍票が連合軍の占領中に管理法による規制の対象とされていなかつたのは、当時、「連合国占領軍に附属し若しくは随伴する者の財産の収受及び所持の禁止に関する政令」及びこれを受けた「連合国占領軍財産等収受所持禁止令」があつて、特に管理法による規制を必要としなかつたというにすぎない。所論は採用するに由がない。

されば、以上論述するところに照らし、原判示事実の証拠上明らかな本件において、原審が被告人の所為につき、管理法第二十一条、第七十条、政令第百二十七号第四条を適用処断したことは正当である。所論において、被告人の所為をもつていわゆる期待可能性なき所為であると主張して、原審がこれが主張を採用しなかつた点を非難しているが、被告人の所為を周る前後の事情において、情状汲むべきものがないとはいえないが、それかといつて、被告人の所為をもつて講学上いわゆる期待可能性のなかつた場合であるということはできない。所論もまた採用し得べきかぎりではない。

原判決には、所論にいうが如き理由不備ないし理由のそご、又は法令の適用を誤りたる等の過誤はなく、論旨はすべて理由がない。

よつて、本件控訴の趣意は、すべてその理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)

控訴趣意

第一点行政協定は、当然国会の承認を要すべき条約の性質を有するものであるにもかかわらず、憲法第七三条第三号但書の「国会の承認」を経ていないから、その効力はなく、したがつて、その実施のための本件政令(昭和二七年政令第一二七号)も無効である。-第一次的主張

原判決は、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(以下「安保条約」という)第三条に基く行政協定(以下「行政協定」という)が実質上条約というべき内容をもち、かつ、国会の承認を経ていないけれども、安保条約が国会において承認された以上、行政協定の締結までも安保条約の右承認によつて同時に、包括的に承認したものと見るべきであるから行政協定は有効である」旨判示している。しかしながら憲法第七十三条第三号但書の国会の承認は、新憲法の前文および憲法第四十一条の趣旨に照らし、原判示のごとき予定的、包括的承認と解すべきでないことは明らかであるのみならず、行政協定が国民の権利義務に直接かつ、重大な関係を有する事項を含む条約であることもまた明白であるから国会が内閣に対し行政協定の締結を白地的包括的に承認したとする原判示は牽強附会的な擬制と謂うべきで結局行政協定は憲法第七十三条第三号但書の国会の承認がなかつたことに帰するから無効である。けだし原判示のごとき白地的、包括的国会の承認は、ワイマール憲法下のナチに対する授権法にも相当するもので、民主主義と基本的人権尊重を基調とする新憲法の理念にも反し許されないものというべきである。なお、この点につき昭和二十九年十月六日附第二弁論趣意書第二項を引用する。

第二点本件政令第四条外国為替及び外国貿易管理法第二十一条第七十条は、米国軍票を事実上没収するものであるから正当な補償なく私有財産権を剥奪するものであつて、憲法第二十九条に違反し無効である。-第二次的主張

原判決は、「本件政令第四条の寄託は、別途指示あるまで寄託軍票を保管すべきこととしているのであつて、保管を超えてこれを終局的に取り上げる如き規定ではなく、将来の処置について空白となつている状態であるから、いまだ補償なき私有財産権の剥奪の程度に達しているとまではいえない。のみならず、行政協定第二十条第一項(a)の軍票の性質にかんがみ、軍票を寄託すべき義務を課すことは、通貨安定のために寄与する以上公共の福祉に適合するものであるから、本件政令第四条の規定は、憲法第二十九条に違反しない」旨判示している。しかしながら本件政令第四条の寄託が、事実上の没収であることは明らかである。けだし原判決が「軍票に関する保有及び取引を禁あつし」(原判決六丁目表七行目以下)「一般日本人に対し軍票の流通、取引ないしその保有を禁止し保有禁止の措置として…………寄託を命じ」(同一〇丁表七行目以下)と判示しているごとく本件政令第四条の寄託によつて、軍票の保有が禁あつされ、しかも右寄託は「別途指示あるまで」日本銀行に保管されるものであるが、軍票の寄託手続に関する昭和二十七年五月二十八日附大蔵省通牒以降三年近く経過した現在に至るも、いまだなんらの「別途指示」がなされていないことは裁判所に顕著な事実である。この事実に徴しても形式的に本件政令第四条が軍票を終局的に取り上げるごとき規定でないとしても実質上没収となんら異るところがないものというべきである。したがつて、憲法第二十九条の趣旨は形式的のみならず実質上も私有財産権を保障したものと解すべきであるから、本件政令第四条は憲法第二十九条に違反するものというべきである。のみならず、本件政令第四条は正当な補償なくして軍票を寄託せしめ、その保有を禁あつし、事実上没収するものである以上通貨の安定のためには、正当な補償もなさず、私有財産権を剥奪してもよいと解することはできないから、本件政令第四条が公共の福祉に適合すると解することのできないことは明らかである。よつて、本件政令第四条が憲法第二十九条に違反するものといわねばならない。なおこの点につき、昭和二十九年一月二十五日附第一弁論趣意書全部を引用する。

第三点本件政令の軍票は、管理法第六条第八号にいう対外支払手段に該当しないものであるから、管理法の予定しない軍票につき本件政令を制定し、これを対外支払手段としてその権利を制限するごときは、明らかに政令の限界を超え、本件政令は内閣法第十一条に違反し無効である。-第三次的主張

原判決は「本件軍票は本件政令をまつまでもなく「管理法」にいわゆる対外支払手段たる性質を具えている」旨判示している。しかしながら、本件軍票が本質上、非常時的紙幣たる性質を有するのみならず、占領期間中「対外支払手段」ではないとしてこれを取扱つてきた事実があり、かつ、昭和二十四年十二月一日管理法施行後も、昭和二十四年政令第三百八十九号を公布施行して「対外支払手段」ではなしとなしてきた事実がある。しかのみならず、円表示軍票のごとく外国において支払手段として使用することができる支払手段すなわち対外支払手段でない軍票もあり、かつ、ポンド表示軍票については、昭和二十七年四月二八日平和条約発行後(占領解除後)英国との間において「行政協定」のごとき条約の締結がなされなかつた期間、寄託義務を負わされなかつたごとき空白期間があつたことは裁判所に顕著な事実である。以上の事実に徴し、本件軍票が管理法第六条第八号にいう対外支払手段に該当しないものというべきである。にもかかわらず、漫然、原判決が、本件政令の軍票が管理法第六条第八号の対外支払手段に該当すると判示したことは、管理法第六条第八号の解釈を誤つたものというべきである。

なお、この点につき昭和二九年十月六日附第二弁論趣意書第三項を引用する。

第四点本件政令第四条第二項の命ずる軍票の寄託は、たんに保管せしめるというのみであるから、その授権法たる管理法第一条の目的の範囲を逸脱したもので無効である。-第四次的主張

原判決は、「本件政令第四条は、管理法第一条にいう「通貨の安定」の目的の範囲を逸脱したものとは言い難い」旨判示している。しかしながら本件政令第四条は、むしろ行政協定を実施するための政令であることが明らかである事実に徴し管理法第一条にいう外国為替等の集中のみならず通貨の安定のために制定されたものと解することはできないものというべきである。したがつて本件政令は実質上、その授権法が存在しないのみならず、その授権法とされたる管理法第一条の目的の範囲を逸脱して無効である。なおこの点につき昭和二十九年十月六日附第二弁論趣意書第四項を引用する。

第五点被告人において本件軍票を寄託することの期待可能性がない。-第五次的主張

原判決は「被告人の妻が駐留兵相手の売春婦と取引をする関係上、軍票の受領を余儀なくされるような機会にさらされたのだとしても、いやしくも責任能力者である以上、(傍点弁護人)法はこれに対し軍票を受領せざるべきことを要求し、これを期待し得るものとしていると解すべく…………被告人については、軍票の受けている法律的規整が右の如くである以上、その寄託後の措置が差し当り期限の定めのない凍結の観を呈しているとしても「本件政令」がともかくもそのような寄託を命じている以上、」(傍点弁護人)弁護人主張の状況だけでは期待可能性を容れる余地がない旨判示している。しかしながら原判決は責任能力の問題と責任阻却事由の問題とを混同しているのみならず本件政令がともかくそのような寄託を命じている以上、いたしかたないとするごとき一般普通人が守りえない法でもなお守るべきことを要求する原判決の態度は、責任阻却事由たる期待可能性の範囲を不当に狭く解するものというべきである。しかのみならず、原判決は本件のごとき宥恕すべき事情があるにもかかわらず、これを無視した違法があるものといわねばならない。なおこの点につき昭和二十九年十月六日附第二弁論趣意書第五項を引用する。

第六点結論および証拠の援用

以上要するに被告人は第一次的に行政協定が憲法第七十三条第三項但書の「国会の承認」を経ていないから無効である以上、その実施のための本件政令も無効である。第二次的に、本件政令は、軍票を事実上没収するものであるから憲法第二十九条に違反し無効である。第三次的に、本件政令第四条の軍票は、その授権法たる管理法第六条第八号にいう対外支払手段にあたらないから、本件政令は、右管理法の授権の限界を超え、内閣法第十一条に違反し無効である。第四次的に、本件政令第四条は、その授権法たる管理法第一条の目的の範囲を逸脱したもので無効である。第五次的に被告人において本件軍票を寄託することの期待可能性がなく被告人の本件刑事責任は阻却さるべきである旨の控訴理由を主張する。いずれの控訴理由によるも原判決には理由不備ないし理由そごの違法があるのみならず法令の適用の誤があり、かつ、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄さるべきである。

なお右控訴理由があることを信ずるに足る証拠としては、原裁判所における一件訴訟記録および原裁判所において取調べた証拠の全部を援用するものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例